2011年12月11日日曜日

こころに残る言葉

ここ数日すごく寒いです。
朝もなかなか夜が明けず、いつまでも暗いのでもともと朝弱いのに、ますます起きられなくなって困ります。
日中も寒いけれど、薪ストーブがついたお店はポカポカ快適です♪
開店準備を終え、お客様が来られるまで読書。
先日から読み始めていた長田弘さんの「記憶のつくり方」を読み終わりました。
 このページはかわいいなーと思ったところ。
ワルシャワの詩人ルドウィク・J・ケルンが書いた、街に降り続く雨の日々の物語を紹介された1ページ。ひらがなの並んだ雰囲気がいいです。ぽつぽつ降り出した雨って感じですね。

「記憶のつくり方」・・・というタイトルの意味が最後のあとがきに書かれてありました。

記憶は、過去のものでない。
それは、すでに過ぎ去ったもののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。
とどまるのが記憶であり、じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。
記憶という土の中に種子を播いて、季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない。自分の記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。
「記憶のつくり方」は、記憶の庭にそだったことばを摘んで、かたちにとらわれずに、ただ、忘れたくないことだけを誌したものだ。

・・・なんだかすごくじーんときました。
記憶っていうのは、今の自分のこころの土壌なんだな、、、たしかに。そうだな。
そこが潤っているひとは他人にも優しい言葉がかけられる、ほくほくの栄養たっぷりの庭の土なんでしょう。
そして、その庭を、自分の記憶を、よく耕すこと。・・・この言葉がいいなーと思いました。
長田さんのなかで、そうやって紡がれてでてきた言葉達が、詩となり、エッセーとなり、、、。
この本を読んで、さらに長田さんという方が素敵なかたなのだということがわかりました。

そしてもうひとつ、この本の中でいいなと思った文章・・・

一人の日々を深くするものがあるなら、それは、どれだけ少ない言葉でやってゆけるかで、どれだけ多くの言葉でではない。

クリスマスのオーナメントに灯りをつけました!
 壁際に置くと、天使や柊のかたちの光が壁に映ってきれいです。

今日もボール投げ!!
 娘さんががんがんテニスラケットで打ってくれます。
 フラッシュたいたら、「まっまぶしい!」とロビンちゃん。 おっと、ごめんね!
 ボールの置き方も三者三様。
サンタはすごく律儀に足と足の間に転がらないようにきちんと置きます。投げるほうはとっても助かります。
ロビンは向うのほうから走って来ながらボールを口から離して、その勢いでボールは足元に転がってきます。時々勢い余って後ろに通過してしまいます。こちらも油断できないボールの受け渡しです。
 エースはすごく離れたところで「なんで投げてくれないの?」と悲しげな顔でこちらをみつめてたりします。時々悲しげにヒーと鳴きます。
おいおい、ちゃんとこっちまで持ってきてくれないとね、、、。
 気合い爆発のエース君! やる気まんまんです。 すごいスタートダッシュです。

 エースは不思議くん。この子はボールを近くまで持ってこい!というと、口でくわえてくれば一番手っ取り早いと思われるんですが、前足をつかって挟みこもうとします。どうしても手で持ちたいって感じです。
しばらくごそごそ頑張って、最後にしかたなく口でボールをくわえて5㎝先にぽとんと落として・・・・投げて・・・と悲しそうな顔でこちらを見ます。
いやいやエース君、あと2メートルこっちに持ってきてくれないとね、、、(=_=)
君だけのために行ったり来たりは大変なのよね。

0 件のコメント:

コメントを投稿