2015年10月5日月曜日

アンネというバラ


いつのまにかシュウメイギクが咲き、、、
かわいいですよね

 いつの間にか、ほととぎすの蕾が開花していました。

 あっという間に、、、ダン菊の花はこんな緑の種子に近い形になり、、、

 とりとめもなく、季節の移ろいを感じます。

 なに?ウメコ氏? なにがあった???

 あー。バッタでしたね。イナゴの種類かな?
ウメコ氏、食べてはいませんから!ご心配なくです!

 今日きれいだったのは、このひと株。

 咲き始めの蕾。

 『 アンネ 』 です。

 この薔薇は、咲き進むにつれて、色が変化していくのがとても美しいのです。

 5月よりも花は小さいような気がするけれど、色が素晴らしくきれいです!!!

 ねえ!うめこさん!!!

 そうそう!その花!!!

秋の高い空に向かって咲くバラ。

ベルギーの園芸家、ヒッポリテ・デルフォルへ氏が作出した、日本では「アンネフランクの形見」と命名され、アンネの父であるオット―・フランク氏に贈られたバラです。

『アンネの日記』を書いたユダヤ人少女アンネ・フランクは、第2次世界大戦の終結前、ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所に収容され、15歳で病死しました。その14年後の1959年、スイス旅行中のベルギー人園芸家ヒッポリテ・デルフォルヘ氏は、アンネ・フランクの父オットー・フランク氏に出会い、アンネが自然をこよなく愛していたこと、特にバラの花が好きだったことを知りました。
以前から『アンネの日記』に感銘を受けていたデルフォルヘ氏は、1955年に自ら作出したバラに、1960年になって「Souvenir d’Anne Frank」(直訳すると「アンネ・フランクの思い出」、日本では「アンネ・フランクの形見」といわれる)と名付け、発表しました。 1972年、10本の苗木が日本に贈られたことをきっかけに、日本でも「アンネのバラ」が知られるようになりました。

このときの10本の苗木が、今こうして日本全国に広がって、たくさんのバラの愛好家によって育てられているというのは、本当にかけがえのないことだと思います。
平和とか、戦争とか、言葉としてとらえなくても、なにが大切か、、は、なんとなくみんな自分の胸に思っていると思います。その言葉にならないものが、このきれいなバラの花であったらいいなと思います。

「アンネのバラ」は、蕾の時は赤、開花すると黄金色になり、時間の経過とともにサーモンピンクに変色し、やがて更に濃いピンクに変色するという具合に、色が変わっていきます。さまざまに色を変えるバラを「アンネのバラ」として選んだことには、意味があります。
アンネは豊かな才能を秘めたまま戦争と民族差別のために、若くして命を奪われました。そんな彼女が生きていたなら、その才能を活かし、人生において幾つもの美しい花を咲かせたに 違いありません。多彩に変容する「アンネのバラ」には、多くの可能性を秘めたアンネを表現し、平和を祈るというヒッポリテ・デルフォルへ氏の願いが込められています

・・・・資料からご紹介いたしました!

 

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